ニューヨーク映画祭 : 『ゴジラ-0.0』記者会見 / 山崎貴、神木隆之介、浜辺美波

ニューヨーク映画祭 : 『ゴジラ-0.0』記者会見 / 山崎貴、神木隆之介、浜辺美波

写真:細木信宏

『ゴジラ-0.0』:第96回アカデミー賞でアジア映画として初の視覚効果賞を受賞するなど、世界的に大きな話題を集めた「ゴジラ-1.0」の続編。山崎貴が引き続き監督・脚本・VFXを担い、前作から2年後の世界を舞台に、再び姿を現したゴジラとの新たな戦いを描き出す。

戦争によって「無(ゼロ)」となった日本を、ゴジラが「負(マイナス)」に叩き落としてから2年。もがき苦しみながらも復興を遂げ、ようやく取り戻したはずの日常に、再びゴジラが襲いかかる。人々はこの戦いを終わらせるべく、総力を結集して新たな作戦に乗り出す。

キャストは、前作でゴジラと壮絶な死闘を繰り広げた主人公・敷島浩一役の神木隆之介、ゴジラに襲われながらも奇跡的に一命をとりとめたヒロイン・敷島典子役の浜辺美波をはじめ、山田裕貴、佐々木蔵之介、安藤サクラ、吉岡秀隆ら前作の顔ぶれが再集結。さらに新たなメンバーとして、気象台から大型災害対策事務局に出向した天才気象予報官・青山真琴役で長澤まさみ、戦争で心に深い傷を負った生物学者・村上寛治役で田中泯、医師・緒方役で國村隼が出演。

2026年製作/135分/G/日本

配給:東宝

劇場公開日:2026年11月3日

監督

山崎貴

脚本

山崎貴

製作

市川南 上田太地

エグゼクティブプロデューサー

白井央

企画

岸田一晃

プロデュース

岸田一晃

プロデューサー

阿部豪 守屋圭一郎

ラインプロデューサー

櫻井紘史

撮影

柴崎幸三

照明

上田なりゆき

録音

竹内久史   

美術

上條安里 平井亘

装飾

龍田哲児 羽場しおり

衣装

水島愛子

ヘアメイク

宮内三千代

特機

奥田悟

VFX

山崎貴

VFXスーパーバイザー

植木孝行 大久保榮真 渋谷紀世子

編集

宮島竜治

音楽

佐藤直紀

選曲

藤村義孝

音響効果

井上奈津子

カラリスト

石山将弘

助監督

安達耕平

スクリプター

阿保知香子

制作担当

間口彰

プロダクション統括

大槻厚史

キャスト

敷島浩一/神木隆之介

敷島典子/浜辺美波

水島四郎/山田裕貴

秋津清治/佐々木蔵之介

緒方/國村隼

堀田辰雄/田中美央

太田澄子/安藤サクラ

青山真琴/長澤まさみ

村上寛治/田中泯

野田健治/吉岡秀隆

萩原彰/前原滉

常磐兵吉/奥野瑛太

本田正一/井之脇海

板垣昭夫/飯田基祐

鶴野邦夫/水橋研二

山崎貴

写真:細木信宏

 

ニューヨーク映画祭 記者会見 山崎貴、神木隆之介、浜辺美波 

 

Q:私はジャスティン・チャンと申します。ニューヨーク映画祭の「メイン・スレート」及び「スポットライト」選考委員を務めています。『ゴジラ−0.0』の監督と主演の皆さんと共にこのステージに立てることを光栄に思います。それでは、彼らをご紹介させてい頂きます。私の左側には、脚本・監督の山崎貴さん、その左側には今作で敷島浩一役を演じる神木隆之介さん、そして、その左側には敷島典子役の浜辺美波さんがいらっしゃいます。

また、本日の通訳を担当してくださったマイキー・マクナマラさんにも感謝を申し上げます。どうもありがとうございます。ご来場いただきありがとうございます。山崎さん、ニューヨークにお越しいただき、本当に嬉しいです。まずは山崎さんからお伺いします。2023年だったと記憶していますが、『ゴジラ−1.0』が公開された際、続編の制作を求める声が、ほぼ即座に上がったように見えました。そんな過程最中のどの段階で、あなたが続編を手がけることに同意されたのでしょうか。

山崎貴:『ゴジラ−1.0』』の公開後、かなり早く決めたと思います。撮影中はすでに次に何をやりたいか考えていましたが、実際にゴーサインが出たのは、映画が公開された初日あたりだったと思います。それで公開初日を迎え、全国で広く公開され、『ゴジラ−1.0』が大きな反響を呼び始めると、東宝の重役たちの目に「続編がやるぞ」という期待の光が宿っているのが見て取れました。

Q:もちろん、この映画についてはファンの間で大きな期待が寄せられており、さまざまな議論も交わされていることと思います。「物語はこれからどう展開していくのか?」といった話題も出ているでしょう。こうしたことを考える際、そうした議論を意識しますか?それとも、物語を本来あるべき形で追求するために、あえてそれらを無視しているのでしょうか?

山崎貴:そうですね、おっしゃる通り、インターネット上には素晴らしいアイデアや、あらゆる諸説が飛び交っています。しかし、そこで私の使命となるのは、どうすればその期待を上回れるかということです。というのも、もしファンの予想通りに作ってしまったら、クリエイターとしての私の存在意義はどこにあるのかと思ってしまうからです。それにある意味、それが私を落ち込ませてしまうんです。ですから、『ゴジラ−1.0』での私の目標は、すべての観客に衝撃を与え、ネット上で誰も予想していなかったようなことをすることでした。

皆さん、『ゴジラ−1.0』のラストシーンを思い出していただけるでしょうか。敷島典子の首に黒い痕のようなものが映っていました。これについて、ネット上では「典子が何らかの形で次の怪獣になってしまうのではないか」という説が数多く飛び交っていました。そこで私は、たとえ典子自身がそう望んでいたとしても、この映画では絶対にその展開は採用しないと心に決めました。もしかしたら、彼女自身(浜辺さん)は怪獣になりたかったのかもしれません。(浜辺さんは顔を横に振り、山崎監督は苦笑)

Q:この山﨑監督の返答は浜辺さんと神木さんという俳優たちを話題に持ち出すのにぴったりの話です。今作『ゴジラ-0.0』が制作されることを、いつ知りましたか? そして前作の成功を受けて、出演を承諾するのは比較的簡単でしたか?

神木隆之介:『ゴジラ-1.0』の宣伝活動やプレスツアーをしている最中に、何か企画が進んでいるかもしれないという噂を耳にしていました。その時は「いや、まさかそんなことあるわけない」と思っていましたが、こうして実現することになりました。

今回、実際にオファーをいただいた時、「また戻ってきて、敷島役を演じてくれないか」と言われたんです。もちろん、この役を再び演じられることにはとても嬉しく、光栄に思いました。でも同時に相手がゴジラであり、誰もが愛する怪獣だということは分かっていました。ですから、背負う責任は重かったですね。喜びとプレッシャーの両方を同時に感じていたと思います。

浜辺美波:『ゴジラ-1.0』は多くの人に愛され、大好評を博した映画だったと思います。ですから続編のオファーを受け、敷島典子役を再び演じることになると知ったときは、もちろんとても嬉しかったです。

でも、首にあるあの痕のせいで、ネット上でも「もし私が怪獣に変身したら?」といった声が上がっていたので、考え込んでしまいました。そこで、山崎さんに『ねえ私、怪獣になっちゃうんですか?』とメッセージを送りました。もしそうなら、この役について真剣に考え直さなければならないと思ったからです。

Q:神木さん、浜辺さん、今作はとても感動的な家族物語でもあります。そして娘の敷島明子役を演じた若手子役の永谷咲笑(さえ)さんについてもお聞きしたいのですが。彼女の演技はとても感動的です。彼女との共演について、少しお話しいただけますか?今作には、別れに次ぐ別れの場面といった、本当に胸が張り裂けるようなシーンが2つあるのが興味深いと思います。そこで彼女との共演について、また二人で演じたことについてお話しいただけますか?

神木隆之介:明子役の(永谷咲笑ちゃん)は、本当に愛らしくて、とても親しみやすく、誰にでも気軽に話しかけてくる子なんです。撮影に臨むにあたり、私たちはセットでもカメラの前でも、彼女をまるで実の娘のように扱っていました。もちろん、実際にカメラが回り始めた時、うまく演じられるかどうかは不安でした。でも彼女は本当に素晴らしく見事にやり遂げてくれました。

『ゴジラ-1.0』から今回の『ゴジラ-0.0』に至るまで、チームとして、そして家族として、私たちの間に築かれた信頼はますます深まっています。もしそれがスクリーンを通じて伝わっているなら――実際、伝わったと思います――それこそが感情を真に伝えることにつながったと思っています。

そして、それがスクリーンを通じて伝わるなら、人々は初めて敷島一家に共感し、その感情を共有できるだろうと思います。ですから、彼女と共演している間、私が考えていたのは、その人間ドラマをしっかりと捉え、表現することだけでした。

浜辺美波:そうですね、『ゴジラ-1.0』で明子役を演じた咲笑ちゃんと再び共演できるのは本当に光栄でした。時代設定の変化を踏まえて、その役を別の俳優にキャスティングする可能性についても話し合いもありましたが、彼女が復帰し、いわば「ゴジラ-(マイナス)シリーズ」の世界観の中でこの物語を続けていくことになると聞いて、とても嬉しかったです。

ただ、彼女自身は『ゴジラ-1.0』の撮影のことをあまり覚えていなかったのかもしれません。だから、初日にセットに来た時、彼女は「はじめまして。初めてお会いしますね」といった感じで私に挨拶をしてきたんです。つまり、『ゴジラ-0.0』を通じて、私たちは多くの信頼関係を再構築した感じです。

それに、『ゴジラ-1.0』の撮影現場では、私は彼女に対して「少しシャイなイメージ」を持っていて、あまり親しみやすい感じではなかったんですが、『ゴジラ-0.0』ではまるで第二の形態、第二のフェーズに入ったかのようにずっと親しみやすく、オープンな人になっていました。そして、女優としても本当に大きく成長していました。カメラが回り始めると、彼女なりのスイッチを入れる方法さえ持っていると思います。ですから、彼女が私たちを救ってくれたシーンもかなりあったと思います。

ゴジラ-0.0

写真:細木信宏

Q:『ゴジラ-1.0』というタイトルと『ゴジラ-0.0』についてお話しいただけますか。もちろん、『ゴジラ-1.0』というタイトルは、戦争とゴジラの出現によって、日本の戦後復興がマイナスの方向へと押しやられたことを指しています。そして今作は『ゴジラ-0.0』という段階にありますが、このタイトルには何か特別な意味があるのでしょうか?

山崎貴:数学の特定の分野では、実際にゼロの前にマイナス記号が付くことがあります。その意味は、極限に近づく、つまりゼロという数に近づいていくことだと思います。私にとってこの映画を作る際に考えていたのはまさにそれでした。

今後、様々な出来事が起こると思いますが、この家族、つまり敷島家は、ある意味で「ゼロ」という極限に近づきつつあり、多くの点で「中立」の状態に戻ろうとしているのです。私にとって、「ゴジラ-0.0」というタイトルには、彼らがまだ完全にその状態に達しておらず、依然としてそこに近づきつつあるという感覚が込められていると思います。

ただ一つ問題があります。つまり、「ゴジラ-1.0」や「ゴジラ-0.0」というタイトルを使ってきたわけですが、もしこれの続編がさらに作られるとしたら、ここからどこへ向かえばいいのでしょうか?

Q : 「ゴジラ+1.0」ということになるでしょうか。規模が拡大するかどうかは分かりません。聞きたいことは山ほどありますが、そろそろ報道陣の皆様に質問の機会を譲るべきだと思います。

Q(記者):感動的で刺激的な映画をありがとうございました。責任について、簡単な質問をさせてください。怪獣映画は常に日本の過去やトラウマを題材にしています。そこで監督として、一般の観客や俳優たちに向けて、日本の原爆のトラウマをスクリーン上で表現することに対する責任を、どのように捉えているのでしょうか?また日本の過去のトラウマに反応し、それを現代へと引き継ぐような怪獣映画に制作するということは、どのような経験なのでしょうか?

山崎貴:ゴジラというキャラクターは、戦争や原爆、原子力という比喩としての歴史から切り離して考えることは不可能だと思います。ゴジラは文字通り、そこから生まれたのですから。時代を通じて、私たちが目にしてきたゴジラには様々な姿があり、ゴジラのあらゆる解釈はそれ自体が正しく、正史(正当なものとして国家的に認められた歴史書)であると考えています。しかし私個人としては、1954年の『ゴジラ』、つまり戦争や核、あらゆる原子爆弾・水素爆弾の実験から生まれたというあのイメージに、徹底的に立ち返りたかったのです。

そして、それが私を『ゴジラ-(マイナス)』シリーズの世界観へと引き込んだのだと思います。『ゴジラ−1.0』、そして『ゴジラ-0.0』では、その種の傾向や軌道を継続させたかったのです。そしてゴジラそのものは、各時代の時事問題を象徴していると思います。ゴジラが体現すべきテーマが、常に存在しているのです。今回、私にとってそれは「戦争」、そして戦争に伴う核というニュアンスでした。それが私の責任であり、この時代におけるゴジラの解釈でした。

神木隆之介:私にとって、『ゴジラ-(マイナス)』の世界観における敷島というキャラクターを捉えるにあたり、この時代に放り出され、その状況に置かれた一人の人間として彼を見つめ、そのキャラクターを深く理解し、彼のトラウマや罪悪感を見極めようと努めました。個人的には、『ゴジラ-1.0』で探求されているような大きなテーマの重荷を背負ったり、その責任を担ったりする必要は特に感じませんでした。

しかし、もしこの敷島というキャラクターを本当に理解し、そのキャラクターになりきってスクリーン上で表現することができれば、山崎監督が『ゴジラ-(マイナス)』の世界観の中で、探求されているあらゆる大きなテーマへと私たちを導いてくれるだろうと考えました。そのキャラクター像や表現がすべて正確で、山崎監督の期待に沿うものだったことを願っています。山崎監督、いかがでしたか?

山崎貴:正直、(苦笑しながら)「はい」としか答えようがないほど、スクリーン上での演技は素晴らしかったです。しかしキャラクターとして、あの時代に多くの人が抱いていたであろう葛藤や想いを、神木くんは見事に表現していたと思います。そして今回の『ゴジラ-0.0』では、守るべき家族がいる一方で、国に対する義務もあります。その責任のバランスをうまく取りながら、スクリーン上で素晴らしい演技を見せてくれました。

浜辺美波:映画の冒頭で、敷島一家はとても幸せな様子で始まりますが、その笑顔の裏には前作で彼らが経験したトラウマや出来事が感じられると思います。そして、それは決して忘れてはならないことだし、多くの点で忘れられてはならないものだと思います。『ゴジラ-0.0』では、敷島浩一と典子が、これまで経験してきたことゆえに非常に大胆な決断を下す姿が見られます。大切なものを必死に守ろうとする姿が随所に表れており、彼らが下す決断は極めて困難なものだと思います。

ですから、そのキャラクターを演じる際、私はあまり深く考えすぎないようにしています。なぜならその重みと経験、そしてその感情を心の奥底に抱きさえすれば、演技は自然と湧き出てくるものだと分かっているからです。

そして、完成した映画で私たちが成し遂げたものを見て、それらのメッセージが観客や視聴者にも確実に伝わり、彼らもまた「守る」ことや「責任」について何かを感じ取ってくれることを願っています。

Q(記者):私にとって今作で最も心に響いた部分の一つは、アメリカがどのように描かれていたか、そしてあのトラウマ的な爆撃(核爆弾)や、その後の地政学的な動きについて指摘されていた点でした。アメリカをある種、敵対的な存在として描くという判断に至った背景について、お伺いしてもよろしいでしょうか?

山崎貴:脚本を書いた際、あえてアメリカをその役割に据えたかったというわけではないのですが、当時の時代背景を考えると、日米関係があのようであったことは、ごく自然なむしろ必然的なことだったと思います。あの頃はまだ傷が癒えておらず、両国の関係も修復されていなかったのです。そうした文脈や背景の中で、もし突然怪獣が現れたらどうなるか?

それが、私が伝えようとした物語でした。つまり、それは物語が語られた時代や設定から生まれた副産物だったのだと思います。

戦争は実に大きな影を落とし、癒えるのに時間がかかる傷もあれば、そもそも癒えることのできない傷もあると思います。そうした状況下で、人々が互いにどう反応するか、それこそがここでの中心的なテーマなのです。ですから、特定の国を悪役に仕立て上げたり、特定の国を敵役にしなくてはならないといった話ではありません。むしろ、戦争が私たち全員に残す、あの不気味な感覚こそがテーマだったのです。

浜辺美波

写真:細木信宏

ニューヨーク映画祭ワールド・プレミア映像・Q&A : 山崎貴、神木隆之介、浜辺美波 登壇

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